昨日は月に一度の舞いの稽古日でした。
その時に、先生から出てきた『スピリチュアル』についてのひと言がとてもわかりやすかった。そして私なりにその言葉の意味を納得できてうれしかった。
ちょっと前からスピリチュアルって言葉をTVや本、雑誌でよく見かける。
しかし、スピリチュアルって何?って聞かれても具体的には何なのかよくわからない。よく巷で言われてるスピリチュアルって、なんとなく江原さん系なイメージだし、そのまま訳すと「精神の、霊的な」となる。 私の場合この言葉の使い方は、スピリチュアル系のこと,モノを好きな人のことをスピリチュアル好きな人というくらい。意味不明。 よく聞く言葉だけど、実際はあまり使ったことない。
なぜなら、実はちょっとだけうさんくさいと感じていたから。メディアの影響はきっと大きい。目には見えないことが、みえる、わかる力のある人がスピリチュアルな人の代名詞っぽい印象が私にはあった。 たしかに、そんな力を持ったすばらしい人達が多くいるのは間違いない。でもきっと、うそっぽい人もたくさんいるはず。 そして、みえるってことに驚き、何かとそんな人に相談して頼っちゃう 依存してしまう人も多いのでは?と思ってしまう。そこに、うさんくささを感じたのかな。 実際私も、何も言ってないのに私のすべてを見たかのように話す人に会ったときは驚いたし、なんだかはずかしかった。
そんな訳で、スピリチュアルって言葉は今まで謎だった。
そして、昨日先生が言ったこと。
状況: あまり練習をしてきてないであろう、スピリチュアルな話?の多い方に向かってひと言。
『スピリチュアルであるっていうのは、自分を内観し、日々努力し、行動がともなってるってことです』 と。 おお。
つまり、自分をいつも見つめ 悪い習慣やくせ、考え方のパターンなどを改める努力をし、自分の成長のために実際に行動する日々をおくること。想いと行動が常に一致してる。ってこと。 それを言葉にせずとも、体現してる先生が言うと、言葉が重い。説得力がある。私の受け売りとは違う。
でも、なんだ、そんな地味なことだったのね と思った。なにも特別なことはない。
誰もがスピリチュアルだ と思った。 だけどしかし、こんな簡単そうで実はむずかしいことはない。 なぜって、自分のイヤなとこなんてみたくもない。今までの慣れ親しんだパターンを知るのも超えるにも相当な努力がいる。
スピリチュアルも簡単じゃあないんだな と思うと同時に、それこそスピリチュアルの意味だな と妙に納得して、私なりに腑に落ちてうれしかった。
言葉も発する人によってその意味の深さが違うから、重たい言葉いつか言ってみたい。





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